雪 月 花

南カリフォルニア・サンディエゴから日本へ永住帰国。 ゆらゆらと漂う気まま生活

毒になる親

以下の記事をちょっと読んでほしい。

小学1年の女児(6)に暴行を加えけがを負わせたとして、栃木県警真岡署は2日、女児の継父で栃木県真岡市荒町、ガラス製造会社員佐々木重明容疑者(32)を傷害の疑いで逮捕した。

 県中央児童相談所(宇都宮市)は女児を1日夕に保護した。異変に気づいた周囲からの通報で発覚し、関係者は「市民の高いアンテナで女児を保護することができた」と話している。

 発表によると、佐々木容疑者は5月28日午後10時頃、自宅内で、継子である女児の顔面を拳や平手で複数回殴り、約10日間の打撲などを負わせた疑い。

 佐々木容疑者は調べに対し「子どもが言うことを聞かないので殴った」と供述。事件当時、妻(31)は外出中だった。佐々木容疑者は妻と女児との3人暮らしで、今年3月に結婚し、4月頃から1軒家を借りて3人で暮らしていた。

 1日昼、匿名で「数日前、子どもの泣き声を聞いた。虐待されているようだ」と警察に通報があった。

 女児の小学校などによると、事件後初の登校日だった5月31日、普段通り登校。女児のほおが赤くなっていることを担任らが気づいて尋ねたが、女児は「ベッドから落ちた」と繰り返し、妻も同様に返答した

 一方、同相談所にも31日夜、24時間運営の「児童虐待緊急ダイヤル」を通じて、「(女児の)顔にあざがある」と通報があった。1日午後に顔のあざを確認した。

 同相談所は「(女児に対する虐待は)通報を受けて初めて分かった。家族関係や日頃の養育状況について調査する」としている。

(読売新聞 - 06月03日 09:13)


この記事で一番注目してほしいのが、太字でアンダーラインが入った部分だ。
この内容では当然ながら継父が一番毒性が強いわけではあるが、それと同等に有毒な存在なのがこの実母なのである。
そして、一番の被害者である子供自身がその事実を隠そうと必死に弁明している。
これらは何を意味するのか。

どれほどひどい虐待を受けていたとしても、通常子供は親の悪口を言わない。どんなに恐ろしく地獄のような家庭であっても、子供にとっては唯一無二の愛してやまない家族・親なのだ。
そんな親を窮地に陥れるようなことは言わないどころか、嘘をついてまでも親を正当化しようとする。自分が家庭の秘密を公にすれば家族が崩壊するのではないかと恐れ、嘘をついたり、返答を避けようとするのだ。

実はもう一人の親(この場合は実母)は、全く違う心理状態で嘘をついている。
それは自己正当化のためだ。
夫が子供を虐待している事実を知っていたにもかかわらず、新しい夫との関係をこじらせたくないという身勝手な理由で夫の行動を黙認していた、その事実を他人に知られたくない、そのための嘘だ。
これは実際の虐待と同等に罪が深い。
なぜならば、100%助けが必要な場面なのにもかかわらず、唯一救ってくれるはずのもう一人の親がそれを無視し、そして事実を打ち明けるどころか、自分を見捨てる嘘をついたからだ。

虐待というのは何も暴力に限ったものではないのは周知の事実だが、そのあらゆる虐待が、虐待を受けなくなった大人になってまでも、いや、死ぬまで子供を苦しめるのだ。

以下に紹介する本には、人々の邪悪性、毒性について詳しく書かれている。
自分の存在価値や自信について不安のある方、そして子育て中の方におすすめしたい。

私も親になった以上、親から子へ連綿と受け継がれてきたであろうその毒の連鎖を断ち切りたい一心で様々な文献にあたり、この本に出会いました。
おかげで今は浄化されたと感じています。感謝。


  


  1. 2010/06/03(木) 19:01:34|
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教育についての考察

親というものは、子が生まれてから、ずっと考え続けていることがある。
それは、「この子をどう育てていくべきなのか」
「子育てをする上で、何を目標、指針とするべきなのか」
そんな確固たるものがあるのか。
ある。
その答えは、ずばり自立。
自分の力を信じ、思うがまま自由自在に人生を歩めるように、自立できるように導いてあげることこそが親になったものの一番の大仕事だろう。
そのことに気づかせてくれたある教育法がある。
自立と一言でいっても、ではそれはどうすれば実現させられるのか。
その疑問に対して一番理想に近い回答を示してくれたのが、モンテッソーリ教育という一つの教育法だ。

モンテッソーリ教育をご存じない方は、ここを読んでください。

モンテッソーリによると、2歳くらいからの幼児期の過ごし方がとても重要で、その時期を上手に過ごした場合とそうでない場合、その後の人生が大きく変わってくるというのだ。
(詳しい説明は面倒なので省くが、ちょっとググればモンテッソーリ教育についてはいくらでも出てくるので興味のある方はそちらでどうぞ。)

そして、子供を学校に送らないホームスクーリングという選択。
私が興味を持ったのは、文字通り家の中に小さな教室を作って親が先生になり子供に「教える」のではなく、子供の興味のあること、もしくは興味が沸くように仕向けたことを自由に学ばせるという方法だ。
親はその時その時を子供が楽しく学べるように必要な環境を整える役回りに徹する。
そして家族みんなで学んでいく。

モンテッソーリもホームスクーリングもアメリカではよく知られており、モンテッソーリ教育を教育理念に掲げる学校は幼稚園から高校まで全米に数多く存在している。
そして現在アメリカでは200万人以上がホームスクーラーとして家庭を中心に学ぶ子供たちがいるという。

学校というものがいかに退屈で、屈辱的で、強制的に勉強させられた内容が実は実社会ではほとんど何の役にも立たないものだということを、学校に行った誰もが身を持って知っているにもかかわらず、いまだに現在の学校制度が健在で、学級崩壊だの、ゆとり教育の撤廃だのと右往左往して制度そのものに疑問を持つ人が少なすぎる。
ゆとり教育がダメなのではない。学校制度そのものがもう終わっているのだということに気が付かない限り、状況は悪化する一方だろう。
無意味な詰め込み型の授業。記憶力を試すだけのテスト。毎日、退屈と睡魔と戦い、その報酬がテストが終わった瞬間に忘れることを許される英語の単語と歴史の年代だ。
そんなところに私の大事な大事な子供を毎日丸1日預けていいものか。
それよりも、子供の好奇心の赴くまま、興味のあることをとことん掘り下げて自主的に学んでいった方が、どれだけ子供の心と記憶に刻まれることか。
それを実現させたけりゃさっさと学校を辞めるしかない。学校に行っていたのではその様な学び方は不可能だからだ。
いずれにせよ、現在のカリキュラム中心の学校教育に未来はない。

幸いにも私の子供たちはまだ小さく、私たち親が将来どうするべきかを考える時間がいくらかあるが、今からでもできることを子供達に提供していこうと思う。
人生は楽しむためにある。楽しむためには自立しなければならない。
自立なくしては、楽しい人生は送れないのだ。



私が参考にした本でお薦めの本がいくつかあるので以下に載せておきます。
興味のある方は図書館などで借りて読むがよろし。





  1. 2010/05/19(水) 20:04:35|
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